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ホウレンソウや細かい人が嫌いです

突然ですが、ホウレンソウという言葉が嫌いです。報告、連絡、相談の頭文字をとって読んだもので、会社に入れば社会人として当然守るべき行動規範みたいに第一に教育される会社も多いと思います。些細なことでもいちいち上司に話をして指示を仰いでおけば間違いない、自分は責任回避できるという保身の術でもあるように思います。上司としても部下の行動を逐一把握できる(と思い込める)方法と見なされているようです。みんなで決めて、みんなで進めて、失敗があればみんなが承認したからみんな悪いよね、という典型的日本人村社会のやり方で私は嫌いです。

これって、やらされる側からしたら何も楽しいことはありません。もともと仕事は楽しいものではないと思いますが、そうはいってもその中で楽しさを感じるのは自分の裁量で仕事を管理して進めることだと思っています。その中で失敗があれば自分の責任でリカバリーすればよいのではないでしょうか。働き方が変わりつつある中で非効率な習慣が残ったままなのが不思議で仕方ありません。

私が所属する会社は超が付くほど極端にホウレンソウが求められます。かといって報告したからと言ってもずれたアドバイスが出てくることも少なくないですし、報告後の「何で?」に対する回答を準備する時間がひたすらストレスです。重要な話であったり、新入社員ならともかく、些細な話にそこまでの管理が必要なのかと思います。

ホウレンソウにこだわる人って細かすぎる人が多いと感じます。社内で使うパワーポイントやエクセルの資料でもフォントがどうとか文字の大きさがどうとか細かな点まで指摘を受けたり(「見る人は見てるから」という建前ですが、実際にはその人以外に指摘されたことなど一度もありません)、本来すべき業務が進まないわけです。指摘する人間の鬼の首をとったかのようなドヤ顔も不快でしかありません。結局他人を信用することができないからこうなっちゃうのでしょうか。

桜田大臣の国会答弁を見てまさに自分の会社が思い出されました。オリンピック、パラリンピックの大会コンセプトやビジョンを聞いて答えらずにいると野党からヤジが出るシーンが何度も報道されています。ですがこれって本質的なところではないはずです。実際、大会のコンセプトを覚えていて即答できる人間がどれだけいるのか、答えられないことでどういうマイナスの影響が出るのか。長々しい文言は資料に書いてあるものを読めばいいわけですし、その場で即答する必要もないはずです。相手が返答に困っているのをみて、勝ち誇ったような顔をしている質問者が幼稚としか思えません。