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もっと自分で考える社会を

ホリエモンこと堀江貴文さんの本が結構売れてるそうです。今日本屋で見かけたのは「本音で生きる」と「好きなことだけで生きていく」という二冊です。今の堀江さんの主な活動はよく分かりませんが、執筆活動も結構やっているようで本は5冊もでていました。

「好きなことだけで生きていく」は27万部突破と書かれた帯がついており、とても売れ行きが良いみたいです。敵が多い人ですが、それでもその行動力と(誉め言葉での)空気の読めなさを尊敬したり好意的に見る人が多いのだと思います。あえて敵を作るような挑戦的な物の言い方は完全に同意できるわけではありませんが、こういう点は素直にすごいと思います。

堀江氏は明らかに日本社会においては異質な人なのですが、少しずつ彼のような考え方や個人主義が受け入れられるようになってきたということなのでしょうか。

「周りの人にこう思われたらどうしよう」という消極的な考え方や「無意味なこと」、「横並びで周囲と合わせておけばとりあえず安全」は好きではありません。明らかにおかしなことを批判できない空気、皆がやっているから自分も合わせなければいけない空気、意味のないルールに従わなければいけないことなど苦痛に感じます。エレベーターの中でも上座と下座があるとか、ビールを注ぐときはラベルを上にするとか、暑い中でもビシッとスーツを着なければいけない、というのもやはり理解ができません。

文化だから、伝統だから、規則だから、前例がないからというのは完全に思考停止した状態なのですが、それを言ってしまう人もそれで納得してしまう人も変わりはありません。夏でもスーツにネクタイしめて外回りしている営業マンは、そうしなければいけない合理的な理由があるのでしょうか?暑苦しい格好をして汗だくで訪問してくる方が受け入れる側としては不快に感じるはずだと思うのですがね。かといって、市役所の窓口なんかにある「夏場はクールビズを実施しております。ノーネクタイで対応させて頂きますので皆様のご理解をお願いします」とかいう張り紙も周りにお伺いを立てているようで清々しい感じがしません。周りの目なんて気にせずに暑ければ臨機応変にそれなりの格好で対応すればよいと思うのです。それとも、そうでもしないと「ノーネクタイで対応しやがって、けしからん!」なんてクレームを入れる人がいるのでしょうか。

周りの目など気にせず、もっと自分で考えて動けばいいと思うし、無意味なルールがそれを束縛するならそもそも無視してしまえばいいと思うのです。謎のルールや慣習に縛られて互いに監視しあう社会よりも、個々人の自発的な意志が尊重される社会になってほしいものです。